読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

09.




人が死ぬときって呆気ないんだろうなあと考えます。どんなに元気だったとしても ちょっとしたことがきっかけで寝たきりになってしまう。この前まであんなに自分で動けたのに 今じゃ栄養は点滴のみ、かろうじて会話はできるものの正気のない顔。こうやって人は最期に近付いていくんだなあって 見てて思う。

別に薄情なわけじゃないけど もう先のことを考えてしまう自分がいる。
葬式費用って誰が出すんだろう、あたし礼服もってないや、遺影用の写真はあれでいいかな。

長生きしてほしい、もうちょっと頑張ってほしいって普通思うんだろうけど、あたしは十分人生頑張って生きてきたと思うから そのときが来たら苦しまず逝けたらいいなと。

そのときが明日なのか半年後なのか1年後なのか、はたまた100歳まで頑張ってくれるのか。

そんなこと分かんないけど できるだけ顔見に行って時間大切にしようと思う。もう あたしのこと誰かわかってないんやけどね。

あたしは幸せな人で 殆ど身内の葬式に出たことがない。今までみんな元気だったから。こうやって順番に旅立っていくのかー。って 本当に考える。順番通りにいくとは限らないけど。

だんだん老化して ボケていって 身体が不自由になる。でも 自分で死にたいときに死ねるわけじゃなくて いつ死ぬかわからない。人の世話になってまで生きてたくないって思っても 生きてるし どうしようもない。結局は 最期まで誰かに迷惑かけ続けるんだと思う。

病院にお見舞い行くたびに 看護師さん尊敬するよやっぱり。もう意識ないのに声かけて 自分の家族でもないのに温かい言葉かけてくれて。自分から諦めたけど 素敵な職業。

何を書きたいのかわからんくなったけど

結局は この前の樹木希林さんの言葉だね。生きるのも日常、死ぬのも日常。

誰かが死んで 誰かが生まれる。日常の一部。

だから 受け入れんとね。目の前にあったかい手があるんやから 少しでも握ってたい。